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神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)23号 判決 1999年12月13日

原告

上野敬子

右同所

原告

上野昌之

原告

上田展義

右三名訴訟代理人弁護士

藤本清

長尾博史

被告

西宮税務所長 川瀬明

右指定代理人

石垣光雄

原田一信

阿部晃

岡野計明

馬場一

小谷宏行

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告らに対し平成八年一〇月二四日付でなした各相続税更正処分(ただし、原告上野敬子及び原告上田展義については平成九年三月一九日付異議決定により取り消された部分を除く部分、原告上野昌之については課税価格四二三五万円、納付すべき税額二二六万八〇〇〇円を超える部分)、並びに、被告か原告らに対し平成八年一〇月二四日付でなした各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、原告上野敬子及び原告上田展義については平成九年三月一九日付異議決定により取り消された部分を除く部分)をそれぞれ取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成五年三月二五日に思慕をした上田重人(以下「亡重人」という。)を相続し又は同人から死因贈与を受けた原告らが、相続税の申告をしたところ、被告が、亡重人の相続財産のうち有限会社ムク(以下「ムク」という。)に対する出資四五口(以下「本件出資」という。)の評価について、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六・直審(資)一七国税庁長官通達。ただし、平成六年六月二七日付課評二-八・課資二-一一三による改正前のもの。以下「評価基本通達」という。)一八五、一八六-二に定める方法によらず、相続開始時におけるムクの各資産の評価額から各負債の合計額のみを控除し、法人税額等相当額(後記一の4(二)(1)を控除することなく本件出資の評価額を算出したうえで、原告らに対し、平成八年一〇月二四日付で各相続税更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をしたことから、原告らが、本件各更正処分には信義則、租税法律主義、憲法一四条(平等原則)、相続税法二二条に反する違法があり本件各賦課決定処分には国税通則法六五条四項に反する違法があると主張して、その取消しを求めた事実である。

一  前提事実(証拠等を掲記した事項以外は当事者間に争いがない。)

1  身分関係等

亡重人日大正四年一月二〇日生)の妻は訴外上田さだ子(以下「さだ子」という。)であり、原告上野敬子(以下「原告敬子」という。)は亡重人とさだ子の養子(平成二年三月一六日縁組)であり、原告上田展義「以下「原告「展義」という。)は、原告敬子とその夫である原告上野昌之(以下「原告昌之」という。)の間の実子であって、亡重人とさだ子の養子(平成三年九月一八日縁組)でもある(弁論の全趣旨)。

亡重人は平成五年三月二五日に死亡し、さだ子、原告敬子及び原告展義は相続によりその遺産を取得し、原告昌之は亡重人から死因贈与を受けた(以下、右相続及び死因贈与を総称して「本件相続等」という。)。

2  本件相続等に至る経緯

(一) 亡重人、さだ子及び原告らは、企業経営等に関するコンサルタント会社である日本スリーエス株式会社(以下「日本スリーエス」という。)の代表取締役杉山賢一及び取締役磯田正敏から、有限会社二社を設立する方法により相続税の節税を行うことを勧められた(弁論の全趣旨)。

そこで、平成四年二月七日、亡重人及びさだ子の出資により、本店所在地を西宮市甲子園五番町一三番二六号、目的を<1>有価証券の投資及び運用業務、<2>不動産の売買、仲介、監理及び賃貸業務、<3>前各号に付帯する一切の業務とする有限会社上重(以下「上重」という。)が設立された。上重の代表取締役は亡重人、取締役は原告三名、監査役はさだ子であり、右の当時、亡重人は満七七歳であった。

上重の設立時における総出資口数は一四五口で、その一口当たりの金額は五万円であったが(資本の総額七二五万円)。すなわち、払込総額一四億五〇〇〇万円のうち、七二五万円が資本金に、一四億四二七五万円が資本準備金にそれぞれ組み入れられた。

亡重人及びさだ子は、住商リース株式会社(以下「住商リース」という。)からの平成四年二月六日付金銭消費貸借契約に基づく借入金八億〇五〇〇万円(当初利率年七・五パーセント)及び兵庫銀行甲子園支店の同人らの各普通預金からの借越による六億五四〇〇万円を上重に払い込み、亡重人は右出資のうち、七三口(資本金三六五万円に相当)を引き受けた(さだ子は、残り七二口を引き受けた。)。

(二) 平成四年二月一〇日、上重と日本スリーエスとの間で、日本スリーエスが所有する匿名組合契約に係る持分(マネージド・ファンドⅣ)二三口を、上重に対し一一億二七〇〇万円で譲渡する契約がなされた。

日本スリーエスが所有していた右マネージド・ファンドⅣ二三口は、住商リースとエス・ティー・ケイⅣ・マネージメント・リミテッドとの間の平成三年一二月二四日付匿名組合契約により住商リースが有していた右契約上の地位を、平成四年一月三一日付地位譲渡契約に基づき日本スリーエスに譲渡したものであった。

そして、上重は、住商リースに対し、右マネージド・ファンドⅣ二三口を、亡重及びさだ子の住商リースに対する前記借入金八億〇五〇〇万円の債務の担保として提供した。

(三) 平成四年三月一〇日、亡重人及びさだ子は、現金三六〇万円を出資するとともに上重の出資一四四口(亡重人七三口中の七二口、さだ子は七二口全部)を現物出資して、本店所在地を西宮市甲子園五番町一三番二六号、目的を<1>不動産の売買、仲介、監理及び賃貸業務、<2>有価証券の投資及び運用業務、<3>前各号に付帯する一切の業務とするムクを設立した。ムクの代表取締役は原告昌之、取締役は亡重人、原告展義、原告敬子、監査役はさだ子であった。

ムクの総出資口数は九〇口で、その一口当たりの金額は五万円であり(資本の総額四五〇万円)、現物出資された上重の出資一四四口に係るムクの受入価額は九〇万円であった。これにより亡重人は、有していた上重の出資七三口のうち七二口をムクに現物出資して、ムクの出資四五口(本件出資、資本金二二五万円に相当)を取得することとなった(さだ子は残り四五口を取得した。)。

(四) 平成五年三月二五日、亡重人の死亡による本件相続等により、原告敬子、原告展義及びさだ子は、次のとおり財産を相続した。

(1) 原告敬子は、本件出資一五口並びに住商リースからの借入金二億〇一二五万円及び兵庫銀行甲子園支店の普通預金からの借越金二億四八一四万七〇四三円を相続した。

(2) 原告展義は、本件出資一五口並びに住商リースからの借入金二億〇一二五万円及び兵庫銀行甲子園支店の普通預金からの借越金二億四八一四万七〇四三円を相続した。

(3) さだ子は、上重の出資一口及び本件出資一五口を相続した。

3  本件相続等後の事情

(一) 平成七年三月二日、原告敬子、原告展義及びさだ子は、上重が住商リースのために担保に供していたマネージド・ファンドⅣ二三口のうちの六口を解約し、これを原資とする二億九六七八万六九九七円をもって、住商リースからの借入金八億〇五〇〇円の返済の一部に充当した。

(二) 平成七年七月二〇日、原告敬子、原告展義及びさだ子は、同じくマネージド・ファンドⅣ二三口のうちの一六口を解約し、これを原資とする五億〇八二一万三〇〇三円をもって、住商リースからの借入金八億〇五〇〇円の右(一)の返済後の残額の返済に充当した。

また、同月二一日、原告敬子及び原告展義は、右一六口の解約金の残り三億〇一七七万一二五四円を上重から借り入れ、これを兵庫銀行甲子園支店の亡重人名義の普通預金口座に入金し、その借越額を減額した。

(三)(1) 上重の平成四年二月七日から平成五年一月三一日までの事業年度における売上高は一三五四万六六九三円、損失金額は七六三万二九〇七円であり、平成五年二月一日から平成六年一月三一日までの事業年度における売上高は一〇〇六万八八四一円、損失金額は三万五七七五円であって、右売上高の内訳は、上重が一一億二七〇〇万円で取得したマネージド・ファンドⅣ二三口の利益分配金などの運用益ではなく、上重の有する預貯金及び有価証券の利息やその償還差益並びに亡重人、さだ子や原告敬子及び原告展義に対する貸付金の利息であった。

上重(平成六年四月二五日、さだ子が代表取締役に就任)は、平成八年二月一日、「住商リースよりファンドの打切りの連絡を受け、かつ、資金も集まらないので業務続行不能となった」ことを理由として休業した(乙一三の1、2)。同年三月二三日、上重は資本金を七二五万から三〇〇万円に減資した(乙一一)。

(2) ムクの符四年三月一〇日から平成五年二月二八日までの事業年度における売上高は六二三万六〇五五円、所得金額は二二万八二七二円であり、平成五年三月一日から平成六年二月二八日までの事業年度における売上高は五九五万三〇八三円、損失金額は二〇万三二二七円であって、右売上高の内訳は、ムク設立前から亡重人及びさだ子が兵庫銀行に貸し付けていた同人ら所有の土地建物及び駐車場について同人らから支払われる賃貸管理収入のみである。ムクは、設立後、配当を一度も行っていない。

ムク(平成六年四月二五日、原告展義が代表取締役に就任)は、平成八年三月一日、「会社の業務としていた不動産の賃貸管理も、前決算期末の動員二月二九日をもって終了し、それ意向一切の業務をしていない」ことを理由として休業した(乙一四の1、2)。

4  本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の経緯

(一) 原告らは、平成五年一一月一父、本件相続等により取得した財産について、別表1の「当初申告」欄記載のとおり、取得財産の価額、課税価額及び納付すべき税額をそれぞれ申告した。

右各申告に際し、原告敬子、原告展義及びさだ子が本件相続等により取得した本件出資のうち各一五口の価額について、原告敬子は三〇七万四八〇二円、原告展義は三〇七四万八〇二〇円、さだ子は一二二九万九二〇八円としていた。

(二) 被告は、平成八年一〇月二四日、原告らに対し、右各申告につき、別表1の「更正処分等」欄記載のとおり、課税価格及び納付すべき税額を増額する旨の本件各更正処分並びに本件各賦課決定処分をした。なお、さだ子も更正処分を受けたが税額は零円であった。

本件各更正処分においては、原告敬子、原告展義及びさだ子が取得した本件出資のうち各一五口の価額は、それぞれ二億四一〇三万八六六〇円とされた。

(1) すなわち、評価基本通達にそのまま従って本件出資を評価すれば、以下のとおりとなる。

本件出資は取引相場のない株式等に該当するところ、取引相場のない株式等の評価については、まず、株式等を相続した者が同族株主(課税時期における評価会社の株主等のうち、株主等の一人及びその同族関係者(法人税法施行令四条に規定する特殊の関係のある個人又は法人)の有する株式等の合計数がその会社の発行済株式(出資)数の三〇パーセント(その評価会社の株主等のうち、株主等の一人及びその同族関係者の有する株式等の合計数が最も多いグループの有する株式等の合計数が、その会社の発行済株式(出資)数の五〇パーセント以上である会社にあっては、五〇パーセント)以上である場合におけるその株主等及びその同族関係者)以外の株主等(同通達一八八)に該当するか否かにより区分し、「同族株主以外の株主等」に該当する場合は、配当還元方式により評価し(同通達一八八-二)、右に該当しない場合は、<1>純資産価額方式(同通達一八五)、<2>類似業種比準価額方式(同通達一八〇)、又は<3>右二方式の併用方式(同通達一七九(2))により評価することとされ(同通達一七八、一八五、一八八-二)、そのいずれによるかは当該株式等の発行会社の規模等による区分に応じて定められるが、開業後三年未満の会社については、会社の規模にかかわらず純資産価額方式により計算することとされている(同通達一七八、一七九、一八九)。

亡重人の死亡により本件出資を相続した原告敬子、原告展義及びさだ子はいずれも「同族株主以外の株主等」(同通達一八八)に該当せず、かつ、ムク(平成四年三月一〇日設立)は、相続開始時(平成五年三月二五日)において開業後三年未満の開始該当するため、本件出資は純資産価額方式により評価することとなる。

純資産価額方式(同通達一八五)は、評価しようとする株式等の発行会社の相続関し時における各資産を同通達の定めるところにより評価し、その価額の合計額から相続開始時における各負債の金額の合計額及び同通達一八六-二の定めにより計算した法人税額等相当額(次の<1>の金額から<2>の金額を控除した残額がある場合においてその残額〔以下「評価差額」という。〕に対する法人税額等に相当する金額をいう。)を控除した残額を、相続開始時における発行済株式(出資)数で除して計算した金額を一株(一口)当たりの評価とするものであり、法人税額等相当額は、評価差額に五一パーセントを乗じて計算した金額とされる(同通達一八六-二)。

<1> 相続開始時における各資産を同通達に定めるところにより評価し、その価額の合計額から課税時期における各負債の金額を控除した残額。

<2> 右<1>の金額の計算の基とした各資産の帳簿価額の合計額から各負債の金額の合計額を控除した残額。

(2) しかし、被告は、本件出資の評価に当たり、法人税額等相当額を控除しないで計算するのが相当であるとして、同通達の定めるところにより評価した価額の合計額から各負債の金額のみを控除し、本件出資の評価額を一口当たり一六〇六万九二四四円(一五口当たり二億四一〇三万八六六〇円)、総額七億二三一一万五九八〇円と算出して、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を行ったものである。

(三) 原告らは、平成八年一二月二四日、被告に対し、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として異議申立をしたところ、被告は平成九年三月一九日、別表1の「異議決定」欄記載のとおり、原告敬子及び原告展義に対する各更正処分及び各賦課決定処分の一部を取り消し(ただし、本件出資の価額についての認定は変更していない。)、原告昌之の異議申立てを棄却する旨の異議決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

(四) 原告らは、平成九年四活一八日、国税不服審判所長に対し、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分(ただし、原告敬子及び原告展義については本件異議決定により取り消された部分を除く部分)を不服として審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成一〇年三月一三日付で原告らの審査請求をいずれも棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。同月二四日(甲四、弁論の全趣旨)、本件裁決の裁決書謄本が原告らに送達された。

(五) 原告らは、平成一〇年六月一八日、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める本件訴訟を提起した(記録上明らかな事実)。

なお、原告ちは、日本スリーエスが原告らに対し、法人税額等相当額の控除が間違いなくなされることを前提に、上重及びムクを設立する方法での相続税の節税対策を勧めたために、原告らは本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を受け、損害を被ったと主張して、日本スリーエス並びに同社の代表取締役杉山賢一及び取締役磯田正敏を被告として損害賠償請求訴訟(大阪地方裁判所平成九年(ワ)第五二八〇号事件)を提起している(弁論の全趣旨)。そのため、原告らは、本件訴訟において本件各更正処分及び本件各賦課決定処分が適法とされ、原告らが敗訴した場合は、右日本スリーエス等三名の損害賠償義務のあることが明らかとなるとして、同人らに訴訟告知をした(記録上明らか)。

二  争点

本件出資の時価の算定方法、すなわち評価基本通達一八五、一八六-二を適用せず、亡重人の相続開始時におけるムクに対する本件出資を同通達の定めるところにより評価した価額の合計額から各負債の合計額のみを控除し、法人税額等相当額を控除することなく評価額を算出してなされた時価評価に基づく本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の適法性

三  当事者の主張

1  被告の主張

(一) 相続税法は、相続税及び贈与税の計算の基礎となる相続財産及び贈与財産の価額につき「取得の時における時価」(同法二二条)による旨規定しているが、法定評価を採用している一定の財産以外は、その評価をすべて解釈・適用に委ねているところ、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易ではなく、また、納税者の間で財産の評価がまちまちになることは公平の観点からみて好ましくないことから、評価基本通達が定められたものである。

右のような評価基本通達の趣旨からすると、評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、原則として、特定の納税者又は特定の相続財産についてのみ評価基本通達二定める評価方式以外の方法によってその評価を行うことは、納税者の実質的な租税負担の平等の見地から許されないというべきであるが、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合には、別の評価方式によることが許されるものと解すべきである。

評価基本通達六も、別の評価方式による評価を予定して、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と規定し、相続税法二二条の法意に反し、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかでる場合には、評価基本通達に定める評価方式以外の合理的な方法によって財産評価を行うことを定めているのである。

(二)(1) 前記前提事実(第二の一)によれば、亡重人及びさだ子は、一四億五九〇〇万円もの多額の借入金を原資として上重の出資一四五口を取得し、その約一か月後に、右出資のうち一四四口を現物出資するとともに現金三六〇〇万円を出資することにより、上重と本店所在地、目的及び役員構成を同じくするムクを設立して、その出資九〇口を取得したものである。亡重人及びさだ子が、このように一四億五九〇〇万円もの多額の借入金等を原資としてムクの出資九〇口を取得したことからすれば、本来、右借入金等の金利に見合う配当がなければ、右出資の取得には合理性がないというべき所、住商リースからの借入金八億〇五〇〇万円に対する利息を加えると相当高額な金利負担となるにもかかわらず、ムクは、わずかな不動産賃貸管理収入があるのみで、一度も配当を行わず、設立から約四年で休業しているのであるから、亡重人及びさだ子が多額の借り入れをしてムクの出資九〇口を取得する経済的合理性は全くない。上重設立の約一か月後に、上重と目的と及び役員構成を同じくするムクを設立する経済的合理性も全くない。

また、亡重人及びさだ子が上重の出資を取得した当時、亡重人は満七七歳と高齢であり、その約一年後には死亡していること、ムク設立の際、一四億五九〇〇万円もの借入金等を原資として取得した上重の出資一四五口のうち一四四口を、そのわずか約一か月後に、九〇万円という著しく低い価額で受け入れるという現物出資を行って、あえて、上重と本店所在地、目的及び役員を同じくするムクを設立していること、本件訴訟において原告らが提出した訴訟告知書に、日本スリーエスの代表者らが原告らに対し、法人税額等相当額の控除が適用されることを前提に、ムク及び上重を設立して相続税の節税対策を行うことを勧め、原告らがこれに従った旨記載されていることからすると、亡重人及びさだ子が上重及びムクを設立し、最終的にムクの出資を取得した行為は、もっぱら法人税額等相当額の控除を利用し、評価差額を恣意的に創出して相続財産の価額を圧縮することにより相続税の負担を回避する目的のみでなされたことが明らかである。

そして、上重の設立時(平成四年二月七日)における亡重人の上重の出資の評価額を評価基本通達に基づいて計算すると、亡重人が払い込んだ現金七億三〇〇〇万円と同額となる(評価差額は算出されない。)が、本件相続等開始時(平成五年三月二五日)における本件出資の評価額を評価基本通達一八五、一八六-二に基づき純資産価額方式により法人税額等相当額を控除して計算すると三徳六三四八万六九六〇円となり、上重の出資から本件出資に形を代えた時点で直ちにほぼ半額となるのである。しかし、本件出資の価額を、法人税額等相当額を控除しないで計算すると、本件出資と上重の出資の価額はほぼ同額となる。

そうすると、本件では、評価基本通達一八五及び一八六-二を形式的に適用すると、相続税回避行為を行わなかった者との間で実質的な相続負担の公平を著しく害することは明白であるから、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することは明らかである。

(2) そもそも、評価基本通達一八五が法人税額等相当額を控除することとしている趣旨は、小会社の株式・出資といえども株式・出資である以上は株式等の所有を通じて会社の資産を所有することとなり、個人事業主がその事業用財産を直接所有するのとはその所有形態が異なるため、相続財産の評価差額を法人税法九二条に規定する清算所得の金額とみなし、事業用資産の所有形態を法人所有から個人所有に変更した場合に課税されることとなる清算所得に対する法人税額等に相当する金額を相続税評価額から控除することによって、個人事業主による事業用財産の直接所有の場合と経済的に同一の条件の下に置き換えて評価の均衡を図ろうとするものである。

本件において、亡重人は、借入金により合計七億三〇〇〇万円を支払って上重の出資七三口を取得し、右七三口のうち七二口の現物出資及び現金一八〇万円の出資によりムクを設立して、本件出資(四五口)を取得したのであるから、借入金を原資とする亡重人の現金七億三〇〇〇万円は、上重の出資という形を経て本件出資に形を代えたものということができる。

そして、前記(1)記載のとおり、上重の設立時(平成四年二月七日)における上重の出資の評価額を評価基本通達に基づいて計算すると、亡重人が払い込んだ現金七億三〇〇〇万円と同額となるが、本件相続等開始時(平成五年三月二五日)における本件出資の評価額を評価基本通達一八五、一八六-二に基づいて計算すると三億六三四八万六九六〇円となる。しかし、右のとおり、本件出資は亡重人が払い込んだ現金、あるいは上重の出資が変形したにすぎないものであるから、このような場合にまで法人税額等相当額を控除することは、評価基本通達一八五の趣旨に反するというにとどまらず、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨に反するものである。

(三) 以上によれば、本件出資の評価については、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情があるというべきである。

したがって、本件出資一口当たりの評価額は、別表2のとおり、本件相続等開始時(平成五年三月二五日)におけるムクの純資産額一四億七八八五万円(右純資産額一四億七八八五万円と帳簿価額による純資産額四五八万三〇〇〇円との差額に五一パーセントを乗じた七億五一八七万六〇〇〇円を法人税額等相当額として右一四億七八八五万円から控除することをしない。)を発行済出資口数九〇口で除した一六四三万一六六六円であり、原告敬子、原告展義及びさだ子が本件相続等により取得した本件出資(四五口)の評価額は七億三九四二万四九七〇円となる。

(四) そこで相続税額を計算すると、以下のとおりである。

(1) 原告ら及びさだ子は、相続税法一条により相続税を納付する義務があるところ、本件相続等により取得した財産の課税価格は次のとおりである。

<1> 原告ら及びさだ子が本件相続等により取得した財産の合計額は、本件出資七億三九四二万四九七〇円、上重の出資一口一〇〇一万七六六八円(別表3)及び右以外の財産七億五四二四万七二四八円(別表5の<3>欄)の合計額一五億〇三六八万九八八六円(同表<4>欄)である。

また、本件相続等により取得した財産の価額から控除される亡重人の債務及び葬式費用の金額(相続税法一三条、一四条)は一〇億三一二六万九六六七円(別表4)であり、このうち、原告敬子及び原告展義の負担に属するものは各四億六八四九万五六七七円、さだ子の負担に属するものは九四二七万八三一三円である(別表5の<5>欄)。

なお、原告ら及びさだ子については、本件相続等開始前三年以内に亡重人から贈与により取得した財産(相続税法一九条一項)はない。

<2> 原告敬子の課税価格

原告敬子が相続により取得した財産の総額五億七五三七万〇五一八円(別表5の<4>欄)から同人の負担に属する債務及び葬式費用四億六八四九万五六七七円(同表<5>欄)を控除した一億〇六八七万四〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て。同表<7>欄)である。

<3> 原告展義の課税価格

原告展義が相続により取得した財産の総額五億六七五六万二六九八円から同人の負担に属する債務及び葬式費用四億六八四九万五六七七円を控除した九九〇六万七〇〇〇円である。

<4> 原告昌之の課税価格

原告昌之が死因贈与により取得した財産の総額四二三五万円である。

<5> さだ子の課税価格

さだ子が相続により取得した財産の総額三億一八四〇万六六七〇円から同人の負担に属する債務及び葬式費用九四二七万八三一三円を控除した二億二四一二万八〇〇〇円である。

(2) 原告らの相続税額は次のとおりである。

<1> 相続税の総額

本件相続等に係る課税価格の合計額である四億七二四一万九〇〇〇円(別表5の<7>欄)「合計」欄)から本件における基礎控除額七六五〇万円(四八〇〇万円+九五〇万円×三)を控除した残額三億九五九一万九〇〇〇円が課税される遺産総額であり(同表<10>欄)、これを各法定相続人の法的相続分に応じて按分した金額(同表<12>欄)にそれぞれ相続税法一六条が定める税率を乗じた金額の合計額一億二三二一万六八〇〇円(一〇〇円未満切捨て。)同表<14>欄)が相続税の総額となる。

<2> 原告敬子の相続税額

課税価格の合計額に占める原告敬子の課税価格の割合は四億七二四一万九〇〇〇分の一億六八四七万四〇〇〇円であり(別表5の<8>欄)、前記相続税の総額一億二三二一万六八〇〇円に右割合を乗じて得られる(相続税法一七条)原告敬子の納付すべき相続税額は、二七八七万四九〇〇円(一〇〇円未満切捨て。同表<18>欄)となる。

<3> 原告展義の相続税額

課税価格の合計額に占める原告展義の課税価格の割合は四億七二四一万九〇〇〇分の九九〇六万七〇〇〇であり、前記相続税の総額一億二三二一万六八〇〇円に右割合を乗じて得られる原告展義の納付すべき相続税額は、二五三八万八七〇〇円(一〇〇円未満切捨て。同表<18>欄)となる。

<4> 原告昌之の相続税額

課税価格の合計額に占める原告昌之の課税価格の割合は四億七二四一万九〇〇〇分の四二三五万であり、前記相続税の総額一億二三二一万六八〇〇円に右割合を乗じて得られる算出税額は一一〇四万五七六九円である(別表5の<15>欄)。そして、原告昌之は亡重人の一親等の血族及び配偶者以外の者であることから、同人の納付すべき税額は、右算出税額に一〇〇分の二〇の割合を乗じた金額二二〇万九一五三円を、右算出税額一一〇四万五七六九円に加算した金額(相続税法一八条)である一三二五万四九〇〇円(一一〇円未満切捨て。同表<18>欄)となる。

(五) 本件各更正処分は、いずれも前記(四)(2)の<2>ないし<4>記載の金額の範囲内であるから適法である。

本件各更正処分が違法なものである以上、本件各賦課決定処分も、国税通則法六五条に基づいて算出される金額(別表6のとおり。)の範囲内であるから、適法である。

2  原告らの主張

(一) 本件各更正処分の違法性について

(1) 信義則違反

<1> 課税庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示し、納税者が当該表示を信頼してそれに基づいて行動し、納税者の信頼及びそれに基づく行動について納税者の責めに帰すべき事由がない場合には、課税庁としては、法の一般原則である信義則に従い、当該表示された見解と相反する処分を行うことは許されないものと解すべきである。

<2> 本件相続等開始当時(平成五年三月二五日)の評価基本通達は、取引相場のない株式等の評価について、評価差額の発生原因のいかんに係わらず評価差額に対する法人税額等相当額の控除を一度だけは行うことを認めており、これが納税者一般に対する課税庁の公式の見解であった。

亡重人、さだ子及び原告らは、右見解を信頼し、税務コンサルタント会社日本スリーエスから勧められた、法人税額等相当額の控除が少なくとも一度は認められることを前提とする相続税の節税策に従い、現金を出資して上重を設立し、同社の出資口数一四四口(亡重人七二口、さだ子七二口)を現物出資してムクを設立したものである。

右見解は、評価基本通達に明分で示されるとともに、税理士や公認会計士らの著作による数多くの公刊物に記載されていたことから明らかなように一般納税者間に定着しており、右見解を積極的に否定する公式見解は存在しなかったのであるから、原告らが法人税額等相当額の控除を受けられるものと信じたことにつき何ら責めに帰すべき事由はない。

<3> したがって、本件出資について法人税額等相当額の控除を受けられることに対する原告らの信頼は法的に保護されるべきであって、右見解に反して、法人税額等相当額の控除をせずに評価を行った本件各更正処分は、信義則に反し違法である。

(2) 租税法律主義違反

<1> 租税法律主義のもとでは、租税法律不遡及の原則が妥当し、納税者に不利益に法律を遡及させて適用することは許されない。通達は、本来行政庁内部における命令であるが、評価基本通達は、一般に公開され、納税者その他の外部関係者との交渉をもつ事項について規定し、租税法規の具体的解釈を内容とするものであるから、租税法規の補充として事実上規範的性格を有し、法律に準ずる法規たる性質を有するものというべきである。

本件相続等開始当時効力を有していた評価基本通達は、従前、評価対象である取引相場のない株式について、その株式を発行している会社の資産の中に更に(別会社又はこの会社に更に別会社の)取引相場のない株式がある場合には、その株式についても法人税額等相当額の控除が認められ、評価対象株式の評価額の算出に当たり、法人税額等相当額の控除を二回以上累積的に行うことが許されていたものを、平成二年八月三日付の改正により、同年九月一日囲碁の相続等については、法人税額等相当額の控除は評価対象株式を評価する局面の一回だけに制限することとなったものである。すなわち、同通達によれば、評価対象株式の発行会社の資産中に、受入価額が帳簿上著しく圧縮された(現物出資により著しく低い価額で受け入れられた)取引相場のない株式が存在する場合であっても、一回だけは法人税額等相当額の控除が認められていたのである。

ところが、評価基本通達は、平成六年六月二七日付で改正され(以下、同日付改正後の同通達を「平成六年改正通達」とういう。)、同年八月一日以後の相続等については、評価対象たる取引相場のない株式の評価に当たり、その株式を発行している会社の資産の中に、現物出資で受け入れた取引相場のない株式があり、その受入価額が帳簿上著しく圧縮されている場合には、その圧縮された差額を加算して評価差額を零とすることにより、法人税額等相当額の控除をしないこととしたものである。

したがって、被告は、平成二年改正による(平成六年六月二七日付改正前の)評価基本通達が適用されるべき本件相続等について、平成六年八月一日以後の相続等に適用されるべき平成六年改正通達に基づいて算出した本件出資の評価額に基づく本件各更正処分は、租税法律主義に反し違法である。

<2> まだ、租税規範は、国民に対して租税債務の根拠となるものであり、納税者である国民に対し、課税庁による課税の要件及び内容を予め明確に告知しているものでなければならない(課税要件明確主義)。

しかるに、被告の援用する評価基本通達六にいう「著しく不適当」なる文言は極めて不確定かつあいまいな概念であって、これを根拠に法人税額等相当額の控除を否定することは課税要件明確主義に反し、許されない。

(3) 憲法一四条(平等原則)違反

課税権の行使は、すべての国民に対し厳格に平等になされるべきであり、被告か評価基本通達を財産評価の基準として課税権を行使している以上、特定の国民に対しては同通達を適用し、他の国民にはこれを適用しないということは、憲法一四条に定める平等原則に違反するものである。

本件において、前記(2)のとおり、原告ら以外の納税者については、平成二年九月一日から平成六年七月末日までの間の相続等により財産を取得した場合に平成二年改正による(平成六年六月二七日付改正前の)評価基本通達を適用していたにもかかわらず、原告らの取得した本件出資についてのみこれを適用せず、平成六年改正通達を原告らに不利益に遡及して適用したものであるから、本件各更正処分は憲法一四条の平等原則に反し違法である。

(4) 相続税法二二条違反

<1> 相続税法二二条は相続財産の評価について時価主義を採用しているが、その評価方法は、評価基本通達に定める方法により評価することがかえって納税者間の実質的公平を害し、又は時価(不特定多数人の間で自由に取引が行われた場合に成立する取引価額)が客観的に存在するという特段の事情がない限り、評価基本通達に定める方法によるべきであると解されるところ、本件各更正処分は、次のとおり、右特段の事情がないのに評価基本通達に定める方法によらずに本件出資の評価額を算出したものであるから、同条に反し違法である。

すなわち、一般に、第一の会社の出資持分を現物出資して第二の会社を設立する方法による節税策の主眼は、相続開始後、二社を合併、減資することにより、相続人が出資の払戻を受けて被相続人が会社設立のために行った出資をほぼ回収する一方、相続税の評価において、第二の会社が解散した場合に課される清算所得(評価差額)に対する法人税額等相当額の控除を受けて相続財産の評価額を減じることにある。

ところが、本件においては、右方式による節税策における重要な過程である上重とムクの合併、減資による出資の払戻は行われていないのであり、今後、ムクについて解散、清算という手続がなされる可能性がある。そうすると、原告らは、本件各更正処分による課税のほか、清算所得に対する法人税等を賦課されるという二重の課税を受けることとなる。

右のような本件における具体的事情に照らすと、本件出資を評価基本通達に定める方法により評価することによって納税者間の実質的公平を害するという特段の事情は存在せず、かえって、評価基本通達に定める方法により評価しなければ租税負担の不公平が生じることとなる。

<2> 仮に本件出資の評価を評価基本通達の定める方法によらないで行うとしても、会社所得資産の評価額をもってそのまま(評価差額に対する控除を全くしないで)当該会社の出資持分の評価額とすることは不合理であり、被告の算出した本件出資の評価額は、相続税法二二条に規定する「時価」とはいえない。

すなわち、出資を受けて設立された会社が、何らの活動を行わない状態であっても、会社所得純資産を出資者個人の財産に転換する(払い戻す)ためには種々のコストを必要とし、会社に出資された財産は出資により財産の形態が変化することによって流動性、可処分性が減じられるのであるから、当該会社の発行する出資持分の評価額を算出するに当たっては、会社所有純資産の評価額から相当の控除(減価)を行うのが合理的であり、その控除率としては、会社資産を個人所有に返還しようとすれば、事業期間中であれば法人税等が、解散後であれば清算所得に対する法人税等が課税されることになるのであるから、法人税・地方税の合計税率とするのが合理的である。そして、右控除(減価)を行うべき理由、根拠は、会社所有純資産と当該会社の出資持分とでは財産の形態が異になることにあり、評価差額の有無や評価差額の発生原因とは無関係であるから、意図的に評価差額を発生させたからといって、控除(減価)を認めない合理的理由は存しない。

したがって、評価差額が意図的な事由で生じたことを理由に、ムク所有純資産の評価額から何ら控除を行わないで本件出資の評価額を算出した本件各更正処分は、相続税法二二条に反し違法である。

(二) 本件各賦課決定処分の違法性について

仮に、本件各更正処分が適法であるとしても、本件各賦課決定処分は、以下のとおり違法である。

原告らが相続税の申告を行った平成五年一一月一日当時、評価基本通達には、取引相場のない株式等の評価において純資産価額方式を採用する場合は法人税額等相当額を控除する旨明記されており、法人税額等相当額の控除を利用する意図をもって評価差額を作出した場合には控除を行わないとする記載は存在しなかったのであるから、評価差額を作出する意図の有無にかかわらず右控除を認めるとするのが課税庁の公式見解であったというべきである。

また、評価基本通達六は、同通達の定めによって評価することが「著しく不適当」な場合には同通達によらないで評価する旨規定するが、「著しく不適当」な場合という文言は、極めて曖昧かつ不明確な概念であり、また、申告当時、法人税額等相当額の控除が認められない場合があるとする裁判例も出されておらず、課税庁の取扱も明確ではなかったから、原告らが評価基本通達に定められた控除を受けられるものと考えて申告を行ったことに何ら責めを負うべき事情はない。

したがって、本件各更正処分は、申告後において、取引相場のない株式等の評価方法をめぐる解釈が改変されたことによってなされたものであるから、原告らには、納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の原告らの申告における計算の基礎とされていなかったことについて、「正当な理由」(国税通則六五条四項)がある。

第三当裁判所の判断

一  争点(本件出資の時価の評価方法、すなわち、評価基本通達一八五、一八六-二を適用せず、亡重人の相続開始時におけるムクに対する本件出資を同通達の定めるところにより評価した価額の合計額から各負債の合計額のみを控除し、法人税額等相当額を控除することなく評価額を算出してなされた時価評価に基づく本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の適法性)について

1(一)  相続税法二二条は、特別の定めのあるものを除き、相続税の計算の基礎となる相続財産の価額は当該財産の「取得の時における時価」による旨規定しているところ、右「時価」とは相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解される。

しかし、財産の客観的交換価値とはいっても、一義的に確定されるものではなく、そのの評価は必ずしも容易ではないところ、課税実務においては、評価基本通達に定める評価方式によって画一的に評価することとされているが、これは、一定の評価方式を定めることなく相続財産の客観的交換価値をその都度個別に評価する方法によると、その採用する評価方式が異なることにより納税者間で財産の評価がまちまちになることは避けがたいし、課税事務の迅速な処理が困難になるおそれがあることなどのため、予め定められた評価方式によって画一的に評価する方が納税者間の公平、課税事務の便宜という観点から合理的であるという理由に基づくものと解される。

したがって、評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、相続財産の価額は、原則として、右評価方式に従って画一的に評価するのが相当であり、特定の納税者又は特定の相続財産についてのみ評価基本通達に定める評価方式以外の方法によってその評価を行うことは、納税者の実質的な租税負担の公平の見地から許されないというべきである。しかしながら、評価基本通達が定める評価方式によって画一的に評価することとする趣旨が、右のようにその方が納税者間の公平、課税事務の便宜という観点から合理的であるという理由に基づくものであることに照らすと、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の目的に反し、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することとなることが明らかである等の特別な事情がある場合には、例外的に他の評価方式によることが許されるものと解すべきである。

評価基本通達六は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と規定しているのであって、相続税法二二条の注意に反し、実質的な租税負担の公平を著しく害することとなることが明らかである場合には、評価基本通達に定める評価方式以外の合理的な方法によって財産評価を行うべきことは、右評価基本通達の規定自体からも明らかである。

(二)  前記第二の一の前提事実によれば、亡重人及びさだ子は、住商リースからの借入金八億〇五〇〇万円(当初利率七・五パーセント)は兵庫銀行甲子園支店からの借越金六億五四〇〇万円との合計一四億五九〇〇万円もの多額の借入金等を原資として上重の出資一四五口(亡重人七三口、さだ子七二口)を取得し、その約一か月後に、右出資のうち一四四口(亡重人七二口、さだ子七二口)を現物出資するとともに現金三六〇万円を出資することにより、上重と本店所在地、目的及び役員構成を全く同じくするムクを設立して、その出資九〇口を取得したものであるところ、右住商リースからの借入金八億〇五〇〇万円に対する利息だけでも年間六〇〇〇万円を超え、これに兵庫銀行からの借越金六億五四〇〇万円に対する利息を加えると高額な金利負担となるにもかかわらず、ムクは、ムク設立前から亡重人及びさだ子が兵庫銀行に貸し付けていた同人ら所有の土地建物及び駐車場について同人らから支払われるわずかな不動産賃貸管理収入(平成五年二月期は、売上高六二三万六〇五五円、所得金額二二万八二七二円、平成六年二月期は、売上高五九五万三〇八三円、損失金額二〇万三二二七円)があるのみで、設立後配当を一度も行わないまま、設立から約四年後に右不動産の賃貸管理も終了し、それ以降一切の業務をしていないことを理由として休業しているのであるから、亡重人及びさだ子が、多額の借り入れをして、上重を設立し、その約一か月後に上重と本店所在地、目的及び役員構成を同じくするムクを設立し、その出資九〇口を取得する経済的合理性は全くない。

以上の事実に、亡重人及びさだ子が上重の出資を取得した当時、亡重人は満七七歳と高齢であり、その約一年後には死亡していること、ムク設立の際、一四億五九〇〇万円もの借入金等を原資とし取得した上重の出資一四五口の打ち一四四口を、九〇万円という著しく低額で受け入れるという現物出資を行って、あえて、上重と本店所在地、目的及び役員構成を全く同じくするムクを設立していること、本件訴訟において原告らが提出した訴訟告知書に、日本スリーエスの代表者らが原告らに対し、法人税額等相当額の控除が間違いなく適用されることを前提に、ムク及び上重を設立して相続税の節税対策を行うことを勧め、原告らがこれに従った旨記載されていること、上重の設立時(平成四年二月七日)における亡重人の上重の出資の評価額を評価基本通達に基づいて計算すると、亡重人が払い込んだ現金七億三〇〇〇万円と同額となる(評価差額は算出されない。)が、本件相続等開始時(平成五年三月二五日)における本件出資の評価額を評価基本通達一八五、一八六-二に基づき純資産価額方式により法人税額等相当額を控除して計算すると三億六三四八万六九六〇円となり、上重の出資から本件出資に形を代えた時点で直ちにほぼ半額となるのに対し、本件出資の価額を、法人税額等相当額を控除しないで計算すると、本件出資と上重の出資の価額はほぼ同額となることを併せ考えると、亡重人及びさだ子が上重及びムクを設立し、最終的にムクの出資を取得した行為は、もっぱら、法人税額等相当額の控除の制度を利用し、評価差額を恣意的に創出して相続財産の価額を圧縮する(著しく低い評価額にする)ことにより相続税の負担を回避する目的でのみなされたことが明らかであり、本件において、評価基本通達一八五、一八六-二を形式的に適用すると、原告らのような相続税回避行為を行わなかった者との間で実質的な租税負担を公平を著しく害することになることは明白である。

そもそも、評価基本通達一八五、一八六-二が、評価しようとする株式等の発行会社の相続開始時における各資産を評価基本通達に定めるところにより評価した評価額から法人税額等相当額を控除することとしている趣旨は、小会社の株式・出資であっても、個人が株式・出資の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合は、個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とはその所有形態が異なるため、個人事業主による事業用財産の直接所有の場合と経済的に同一の条件の下に置き換えて評価の均衡を図る必要があるとの考慮に基づき、相続財産の評価差額を法人税法九二条に規定する清算所得の金額とみなし、事業用資産の所有形態を法人所有から個人所有に変更した場合に課税されることとなる清算所得に対する法人税額等に相当する金額を相続税評価額から控除することとしたものと解され、かかる取扱いは、合理的なものと認められる。

しかるに、本件においては、亡重人は、借入金により合計七徳三〇〇〇万円もの大金を支払って上重の出資七三口を取得し、その約一か月後に、右七三口のうちの七二口の現物出資及び現金一八〇万円の出資によりムクを設立して、本件出資(四五口)を取得したのであるから、借入金を原資とする亡重人の現金七徳三〇〇〇万円は、上重の出資という形を経て本件出資に形を変えたに過ぎないものということができるにもかかわらず、前示のとおり、上重の設立時(平成四年二月七日)における亡重人の上重の出資の評価額を評価基本通達に基づいて計算すると、亡重人が払い込んだ現金七億三〇〇〇万円と同額となるが、本件相続等開始時(平成五年三月二五日)における本件出資の評価額を評価基本通達一八五、一八六-二に基づき純資産価額方式により法人税額等相当額を控除して計算すると、ほぼ半額の三億六三四八万六九六〇円となるのであるから、このような場合にまで法人税額等相当額を控除することは、評価基本通達一八五の趣旨に反するというだけでなく、右のような計画的な行為を行うことのない納税者との間で実質的な租税負担の公平を著しく害することになり、また、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨にも反するというべきである。

(三)  したがって、本件出資の評価については、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の目的に反し、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することとなることがあきらかであるという「特別な事情」があると解すべきであるから、ムクの各資産の評価額から各負債の合計額のみを控除し、法人税額等相当額を控除しない評価額をもって時価とみるのが相当である。

2  原告らは、本件各更正処分は違法であるとして主張するが、以下のとおりいずれも採用することができない。

(一) 信義則違反について

原告らは、課税庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示し、納税者が当該表示を信頼してそれに基づいて行動し、納税者の信頼及びそれに基づく行動について納税者の責めに帰すべき事由がない場合には、課税庁としては、法の一般原則である信義則に従い、当該表示された見解と相反する処分を行うことは許されないものと解すべきであるとした上、本件においては、亡重人、さだ子及び原告らは、取引相場のない株式等の評価について評価差額の発生原因のいかんにかかわらず評価差額に対する法人税額等相当額の控除を一度だけは行うことを認めるとする課税庁の公式見解を信頼し、現金を出資して上重を設立し、同社の出資口数一四四口(亡重人七二口、さだ子七二口)を現物出資してムクを設立したものであり、そのように信頼したことにつき何ら責に帰すべき事由はないから、本件各更正処分は信義則に反し違法である旨主張する。

しかし、原告らの採用する証拠(甲八ないし一三)は、いずれも公認会計士、税理士らが、評価基本通達に関する私的な解釈のもとに相続税対策の方法等を紹介した文献であって、右各証拠から、原告ら主張のような課税庁の公式見解が存在したとの事実を認定することはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、証拠(乙三ないし七)及び弁論の全趣旨によれば、<1>平成五年一〇月当時、金融機関からの借入金で第一の同族会社を設立し、その会社の出資の全部を著しく低い受入価額で現物出資して第二の同族会社を設立するという手法によって取引相場のない株式の価額と簿価との評価差額を恣意的に作り出し、相続税の負担の軽減を図る事案については、評価基本通達六の適用により、個別具体的事案ごとに恣意的に作り出された評価差額に対する法人税額等相当額は控除しないとする取扱いが、国税庁から各税務署宛てに示されている(同月一五日付資産評価企画官情報第一号)こと(乙六)、<2>同年一一月一日付の公刊物(乙三・週間税務通信二三〇二号、乙四・国税速報四六〇三号)において、右のような一連の行為により、本来独立した経済主体として営業活動を行うべき会社に対して、企業活動の基本資産とはなり難い第一の会社の株式等を、しかも著しく低い価額で現物出資することに経済的合理性はなく、恣意的に評価差額を作り出して相続税の負担を軽減することを目的とするものであることが明らかであるから、相続税の算定に当たり、第二の会社の取引相場のない株式の評価は評価基本通達一八五に定める純資産価額方式によることを基本とするものの、現物出資により恣意的に作り出された評価差額に対する法人税額等相当額は控除しないで計算することとなる旨の見解が、国税庁資産評価企画官室企画専門官の見解として発表されていること、<3>平成六年七月二五日付の納税通信二三三三号(乙七)には、平成六年改正通達は「節税目的のために意図的に創り出された評価差益(五一パーセント)は控除を認めない」という(課税)当局のこれまでの見解が、通達によって明文化されたものであるとして紹介されていることがそれぞれ認められ、現に、本件相続開始以前に、相続財産中の土地についてではあるが、相続税の負担回避を目的とする行為があって、評価基本通達に定める評価方式により評価したのでは、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等特別の事情がある場合に、評価基本通達に定める評価方式によらないでした財産評価に基づく更正処分が行われており、その取消を求めた訴訟におてい右更正処分を適法とした裁判例が複数存在すること(例えば、東京地裁平成四年三月一一日判決・判例時報一四一六号七三頁、東京地裁平成四年七月二九日判決・行裁集四三巻六・七号九九九頁、東京地裁平成五年二月一六日判決・判タ八四五号二四〇頁)を併せ考えると、本件相続等開始当時においても、取引相場のない株式等の評価において、評価差額が現物出資により恣意的に作り出された場合には、評価差額に対する法人税額相当額は控除しないとするのが、課税庁の見解であったというべきである。

したがって、原告らにおいて、相続税の負担軽減のために全く経済的合理性のない二つの同族会社を設立するという不自然、不合理な行為を行えば、法人税額等相当額の控除を否認される可能性があることは、十分に予測可能であったというべきであるから、仮に、原告らが本件出資の評価について、評価基本通達一八五、一八六-二により法人税額等相当額の控除が受け入れられるものと信頼したとしても、そのような信頼は信義則による法的保護に値しないというべきである。

(二) 租税法律主義違反について

(1) 原告らは、評価基本通達は租税法規の補充として事実上規範的性格を有し、法律に準ずる法規たる性質を有するものというべきところ、本件相続等開始当時効力を有していた評価基本通達は、評価対象株式の発行会社の資産中に受入価額が帳簿上著しく圧縮された(現物出資により著しく低い価額で受け入れられた)取引相場のない株式が存在する場合であっても、一回だけは法人税額等相当額の控除を認めていたにもかかわらず、被告は平成六年八月一日以後の相続等に適用されるべき平成六年改正通達を原告らに不利益に遡及して適用し、評価対象たる取引相場のない株式の評価に当たり、その株式を発行している会社の資産の中に現物出資で受け入れた取引相場のない株式があり、その受入価額が帳簿上著しく圧縮されている場合には、その圧縮主具された差額を加算して評価差額を零とすることにより、法人税額等相当額の控除をしないこととして算出したものであるから、本件各更正処分は、租税法律主義に反し違法である旨主張する。

しかし、そもそも、通達は、上級行政機関から下級行政機関に対して発する行政組織内部の命令にすぎず、国民の権利義務を直接に定める法規の性格を有するものではないから、評価基本通達に基づく取扱いが課税実務において定着していたとしても、評価基本通達が法律に準ずる法規たる性質を有することにはならず、これに反する取扱いをしたからといって租税法律主義に反することにはならない。のみならず、前記1(一)説示のとおり、相続税法二二条の法意に反し、実質的な租税負担の公平を著しく害することとなることが明らかである場合には、評価基本通達に定める評価方式以外の合理的な方法によって財産評価を行うべきことは評価基本通達の規定(六)自体からも明らかであるところ、前記前提事実(第二の一4(二)によれば、被告は、本件更正処分に際し、平成六年改正通達を遡及適用したものではなく、(平成二年改正の)評価基本通達を基礎としつつ、本件出資については、評価基本通達六に基づき、同通達一八五、一八六-二に定める方法によらずに評価を行ったものであるから、平成六年通達を遡及適用したことを前提とする原告らの右主張は前提を欠く。

(2) また、原告らは、租税規範は、納税者である国民に対し、課税庁による課税の要件及び内容を予め明確に告知しているものでなければならない(課税要件明確主義)のに、評価基本通達六にいう「著しく不適当」なる文言は極めて不確定かつあいまいな概念であって、これを根拠に法人税額等相当額の控除を否定することは許されない旨主張する。

しかし、財産の時価評価を迅速かつ適正に行い、かつ、納税者間の租税負担の公平を図るとの評価基本通達の趣旨からすれば、同通達六の「著しく不適当」との文言は、同通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再配分機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合をいうものと容易に理解することができ、右「特別な事情」の存否を判断することは、社会通念に照らしそれほど困難とは解されない。

(三) 憲法一四条(平等原則)違反

原告らは、原告ら以外の納税者については、平成二年九月一日から平成六年七月末日までの間の相続等により財産を取得した場合に平成二年改正による(平成六年六月二七日付改正前の)評価基本通達を適用していたにもかかわらず、原告らの取得した本件出資についてのみこれを適用せず、平成六年改正通達を原告らに不利益に遡及して適用したものであるから、本件各更正処分は憲法一四条の平等原則に反し違法である旨主張する。

しかし、右(二)に説示したとおり、被告は本件各更正処分に際し平成六年改正通達を遡及適用したものではないから、原告らの右主張は前提を欠く。

(四) 相続税法二二条違反

(1) 原告らは、一般に、第一の会社の出資持分を現物出資して第二の会社を設立する方法による節税策の主眼は、相続開始後、二社を合併、減資することにより、相続人が出資の払戻しを受けて被相続人が会社設立のために行った出資の大部分を回収する一方、相続税の評価において、第二の会社が解散した場合に課される清算所得(評価価額)に対する法人税額等相当額の控除を受けて相続財産の評価額を減じることにあるが、本件においては、右方式による節税策における重要な過程である上重とムクの合併、減資による出資金の払戻は行われていないのであり、今後、ムクについて解散、清算という手続きがなされる可能性があり、そうすると、原告らは、本件各更正処分による課税のほか、清算所得に対する法人税等を賦課されるという二重の課税を受けることとなるのであって、右のような本件における具体的事情に照らすと、本件出資を評価基本通達に定める方法により評価することによって納税者間の実質的公平を害するという特段の事情は存在せず、かえって、評価基本通達に定める方法により評価しなければ租税負担の不公平が生じることとなるから、右特段の事情がないのに評価基本通達に定める方法によらずに本件出資の評価を行なった本件各更正処分は、相続税法二二条に反し違法である旨主張する。

しかし、評価基本通達一八五、一八六-二に定める法人税額等相当額の控除額は、相続開始時における評価差額を基礎として算出されるものであり、相続開始後に生じた法人税額等相当額を考慮するものでない。したがって、将来、原告らがムクの清算をした場合において清算所得に対する課税が生じたとしても、それは本件相続等開始後においてムクに生じた評価差額に対応するものであるから、本件相続等開始時における本件出資の評価とは関係がないというべきである。

のみならず、原告ら主張のとおり本件においては上重とムクの合併、減資による出資金の払戻は行われていないとしても、前記1(一)に説示したところによれば、亡重人、さだ子及び原告らは、相続税の負担軽減を目的として、一四億五九〇〇万円もの多額の借入金等を原資として上重及びムクを相次いで設立し、ムク設立の際、上重の出資を著しく低額で受け入れるという現物出資を行ったことが明らかであるところ、原告らは日本スリーエスの勧める節税策に従った旨及び右節税策の主眼は、相続開始後、二社を合併、減資することにより、相続人が出資の払戻を受けて被相続人が会社設立のために行った出資の大部分を回収する一方、第二の会社が解散した場合に課される清算所得(評価差額)に対する法人税額等相当額の控除を受けて相続財産の評価額を減じることにあるとの原告らの主張自体から、原告らが本件相続税等開始時において、将来、上重とムクを合併、減資して出資の払戻を受け、亡重人がした出資の大部分を回収して節税策を完結する意図を有していたことは明らかであり、そして、両者の役員は亡重人、さだ子及び原告らであって、その実現はひとえに原告らの自由な意思にかかっていたのであるから、本件相続等開始時点において、原告らが将来ムクのみを解散、清算(してあえて清算所得に対する法人税等の課税を甘受)する意図を有していたとは到底考えられない。

したがって、今後、ムクについて解散、清算という手続きがなされる可能性があり、原告らは清算所得に対する法人税等を賦課されるという二重の課税を受けることとなるとして、評価基本通達に定める方法により評価しなければ租税負担の不公平が生じるとする原告らの右主張は前提を欠く。

(2) また、原告らは、仮に本件出資の評価を評価基本通達の定める方法によらないで行うとしても、会社に出資された財産は出資により財産の形態が変化することによって流動性、可処分性が減じられるのであるから、当該会社の発行する出資持分の評価額を算出するに当たっては、評価差額の有無や評価差額の発生原因にかかわらず、会社所有純資産の評価額から相当の控除(減価)を行うのが合理的であって、その控除率としては、会社資産を個人所有に返還しようとすれば、事業期間中であれば法人税等が、解散後であれば清算所得に対する法人税等が課税れれることになるであるから、法人税・地方税の合計率とするのが合理的であり、したがって、評価差額が意図的な事由で生じたことを理由に、ムク所有純資産の評価額から何ら控除を行わないで被告が算出した本件出資の評価額は相続税法二二条に規定する「時価」とはいえず、本件各更正処分は同条に反し違法である旨主張する。

しかし、前記1(二)説示のとおり、評価基本通達一八五、一八六-二が、評価しようとする株式等の発行会社の相続開始時における各資産を評価基本通達に定めるところにより評価した評価額から法人税額等相当額を控除することとしている趣旨は、小会社の株式・出資であっても、個人が株式・出資の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合は、個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とはその所有形態が異なるため、個人事業主による事業用財産の直接所有の場合と経済的に同一の条件の下に置き換えて評価の均衡を図る必要があるとの考慮に基づき、相続財産の評価差額を法人税法九二条に規定する清算所得の金額とみなし、事業用資産の所有形態を法人所有から個人所有に変更した場合に課税されることとなる清算所得に対する法人税額等に相当する金額を相続税評価額から控除することとしたものと解される。すなわち、法人税額等相当額の控除は、解散の場合の清算所得に対する法人税の課税標準を考慮するものであり、関節所有であることによる財産の流動性、可処分の減少を一般的に考慮したというものではないと解される。

そして、本件について、前示のとおり、原告らが本件相続等開始時において、将来上重とムクを合併、減資して出資の払戻を受け、亡重人がした出資の大部分を回収して節税策を完結する意図を有しており、その実現はひとえに原告らの自由な意思にかかっていたのであるから、原告らがムクをそのまま存続させたり、ムクを解散、清算したりする可能性があったとは認められない。

したがって、前記評価基本通達一八五、一八六-二の趣旨に照らすと、本件において何らの控除を行わなかったとしても相続税法二二条の趣旨に反するものではない。

3  次に、本件各賦課決定処分について、原告らは、本件各更正処分は、原告らの相続税の申告後において、評価差額を作出する意図の有無にかかわらず法人税額等相当額の控除を認めるものとする課税庁の公式見解が改変されたことによってなされたものであり、原告らが右控除を受けられるものと考えて申告を行ったことに何ら責めを負うべき事情はないから、原告らには、納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各賦課決定処分前の原告らの申告における計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由」(国税通則法六五条四項)がある旨主張する。

国税通則法六五条四項にいう「正当な理由」とは、例えば、税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた課税庁の見解がその後改変さこれたことに伴い、修正申告をし、又は更正を受けた場合等、申告当時適法と見られた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当であり酷になると認められる場合を意味するのであって、単に過少申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合は、これに該当しないものと解される。

本件において、前記2(一)に説示したところによれば、原告らによる相続税の申告当時、評価差額を作出する意図の有無にかかわらず法人税額等相当額の控除を認めるものとする課税庁の公式見解が公表されていたという事実は認められず、したがって、申告後において課税庁の見解が改変されたという事実も存しないのみならず、申告当時、相続税の負担軽減のために全く経済的合理性のない二つの同族会社を設立するという不自然、不合理な行為を行えば、法人税額等相当額の控除を否認される可能性があることは、十分に予測可能であったのであるから、原告らに過少申告加算税を賦課することが不当であるとか、酷になるとは到底認められない。

したがって、納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、原告らの申告における計算の基礎とされなかったことについて原告らに「正当な理由」があるとは認められない。

二  まとめ

以上のとおりであって、被告のした本件出資の評価額の算定方法は適法であり、本件出資以外の遺産の評価額については、被告主張の評価額を原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす(被告が本件各更正処分の基礎とした本件出資以外の財産の評価額は、原告らが当初申告した価額を超えない金額である。)

そうすると、原告らの納付すべき相続税額は、前記第二の三1の(三)及び(四)のとおりの計算により、原告敬子二七八七万四九〇〇円、原告展義二五八三万八七〇〇円、原告正幸一三二五万四九〇〇円となり、本件各更正処分は、右の金額の範囲内でしたものであるから適法である。また、本件各賦課決定処分も、国税通則法六五条に基づいて算出される金額の範囲内でしたものであるから適法である。

第四結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田口直樹 裁判官 武宮英子)

別表1

<省略>

別表2

(有)ムクの出資の評価明細

<省略>

別表3

(有)上重の出資の評価明細

<省略>

別表4

債務控除の明細表

<省略>

別表5

相続税額の計算

<省略>

別表6

過少申告加算税の計算

<省略>

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